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若山 牧水
 旅の詩人、若山 牧水が土肥を愛し、旅情溢れる詩歌を多く残しています。

そこで先日、牧水氏とゆかりの深かった土肥館の「牧水ギャラリー」へ・・・

牧水氏の大ファンであるお方に付いて、私もご一緒させて頂きました♪


館内には、牧水生誕百年を記念し、往時の貴重な直筆の詩歌や資料が展示、

公開されていました。

ありがたい事に、館主じきじきに、先代を始め、番頭さん、植木職人さん、

大工さん、等々から語り継がれている、当時のエピソードや詩歌の解説をタップリして頂き、

感激もひとしおでした!



牧水氏は、明治44年(24歳)早稲田大学文学部英文学科を卒業

24歳の第3歌集「別離」の出版により、一躍名声を獲得し

以後数々の歌集を出版、日本の永遠なる歌人として、広く親しまれている。






大正7年に初めて、土肥を訪問し、これより年末年始を土肥館で過ごし、

泊まられた部屋の名前が「梅の間」で通算約70泊されたそうです。

土肥は、温暖な地であったことから、冬に滞在する事が多く、

牧水氏は寒い時期にひっそりと咲く、早咲きの白い梅の花を大変好んでいました。







三代目当主と酒を通じて友好を深め、顧客と旅館主を越えた絆の深い

関係にあったそうです。

この話を聞き、牧水氏の人柄に共感し、牧水氏を愛し支えた、地元の方達の思いが

あったことに感銘を受けました。







偉大な歌人である一方、語り継がれる話に、人間味溢れる優しさを

感じることができました。

各地を訪問する際、必ずその土地の詩歌を読んだことから、親睦が深まり、

牧水の歌碑が全国で一番多いいことから、誰からも親しまれた人柄が伺えます。


こちらの短歌は、最愛の人との別れから、
辛く悲しい思いを詠んだ歌です。


大正元年、太田喜志子と結婚
2男1女を授かる
長男を旅人(たびと)次男を富士人(ふじと)と名付け、旅好きな牧水氏を思わせる。

以後も、数々の歌集を出版


大正14年(41歳)沼津市に新居を構える。

新居にあたっては、土肥館さんと親交の深かった、土肥の大工さんが

建築に携わったとの事でした。


沼津に移住してすぐの、昭和3年(44歳)の若さで永眠されました。




館主さんのお話と、「牧水ギャラリー」の数々の詩歌や資料に、

酒を愛し、温泉と豊かな人情と、自然を愛した牧水の

思いを充分満喫することができました。



author:asakasou, category:文学, 14:01
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